夏が近い

思い出せるように

ROTH BART BARON『けものたちの名前』

ROTH BART BARONの新作『けものたちの名前』がリリースされたので、感想をガシガシ書いていく。

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はじめに

最初に書いておくと、このバンドに対する私の思い入れは尋常でないので、あまり冷静な記事にはならないと思う。そこだけはご容赦願いたい。ここ5年ぐらい一番聴いているバンドだし、冬が来るたびに『ロットバルトバロンの氷河期』を限りなくリピートしている。『~氷河期』とBon Iverの『For Emma, Forever Ago』が気持ちよく聴けるという理由で冬が大好きになってしまった。雪が積もった朝は、カーテンを全開にして "氷河期#1 (The Ice Age)" を流すのがお決まりになっている。クラウドファンディングに参加したうえ、HEXツアー仙台公演でO.A.に手を上げ、出演させてもらったこともある(その日のことがクラウドファンディングの活動レポートで触れられており、恥ずかしくて薄目で読みました)

つまりは、ちょっと気恥ずかしくなるくらいの大ファンなのだ。

加えて、私にとって世界で最も好きなミュージシャンの1人である岡田拓郎さんが2年ほど前からロットに参加しており、夢の共演が続いている状態(余談だが、HEXツアー仙台公演の際、森は生きている『グッド・ナイト』のアナログに岡田さんのサインをもらった。ちょっと泣きそうになるほど嬉しかったです)。そして前作『HEX』からわずか1年での新作。『ATOM』から『HEX』まで3年待ったけど、今回はたったの1年。冷静でいるのはムリムリの無理。これは祭りです。とりあえず皆さんにも、新作収録の "春の嵐" で祭り気分を高めてから本文を読んでもらおう。

(↓はてなブログのバグで表示がうまくいっていませんが、クリックすればMVが観られます)

youtu.be


ではここから、アルバムについて、彼らの過去作やMakuakeのクラウドファンディング活動レポート*1などを参照しつつ、好き勝手に書き散らかします。寛大な心で読んでください。

 

本編

『けものたちの名前』はROTH BART BARONの4thアルバムである。前章で書いたように、3rdアルバム『HEX』から僅か1年でのリリースとなる。2ndから3rdまでの3年間で120曲ほど作ったというエピソードがあり、曲は膨大なストックがあるわけだが、それにしても早い。『HEX』と『裏HEX』*2を作り、ツアーやイベントでのライブをこなし、さらにもう1枚新たなアルバムを生み出すという、この充実っぷり!そして今月から新たなツアーがスタートする。働きすぎだろとか思いつつ、ファンとしては嬉しい悲鳴を上げるしかない。

かっこよく一塊の文章でレビューを書く力が無いので、ここからは重要だと感じた幾つかのポイントに絞って、私が今回の新作で好きなところを語っていきます。

 

サウンド

『けものたちの名前』の作風として、全体的には前作『HEX』よりもフォークロックに立ち返った印象を受ける。"Skiffle Song"、"MΣ" のようなスケールの大きなフォークロックや、"春の嵐" の祝祭感は、これまでのロットの魅力が爆発しているタイプと言えるだろう。一方で新たに挑戦していることは多いので、前作とは違った形でバリエーション豊かな作品になっている。

これまで見られなかった要素として大きく挙げられるものは2つ。

1つはストリングスの導入。"焔"、"HERO"、"春の嵐" に入っている。これまでトランペットやトロンボーンといったホーンセクションが入る曲は多かったが、意外にもストリングスはほとんどない。音源では "bIg HOPe" に入っていて、ライブだと2016年の「BEAR NIGHT」にヴァイオリンが1人いて…。たぶん主だったものはそれぐらい。2019年2月に弦楽四重奏とのライブが行われているので、そこから今作でのストリングスアレンジを検討することになったのだろう。ロットにストリングスが合わないはずがない。ナイス!


ROTH BART BARON "BEAR NIGHT" | FULL SET | Dec 20th 2016 (Japan)

もう1つはドラムの音。もともとがフォークロックバンドであるためか、生ドラムを主に使用してきたロットだが、今作ではリズムマシンなどによる機械的な音や、かなり加工されたドラムの音が多く使われている。これは公開されている "けもののなまえ" のスタジオライブ映像を観ると、特に分かりやすい。そもそもドラムを演奏していないのだ。今までこういった音が無かったわけではないが、明らかに増えたように感じる。これにより、ダイナミックなドラムで大きなスケールを表現してきた過去作とは違う、心地よい密室感やベッドルームっぽさがプラスされており、上述したバリエーションの豊かさが生まれている。

そしてリズムは本作の重要な要素だと思うので、次節でもう少し掘り下げます。


けもののなまえ feat. HANA|ROTH BART BARON - studio session -

 

 

「得意なことをやる」

活動レポートによれば、『HEX』のコンセプトが「全曲シングル、新しいことをやる」だったのに対し、『けものたちの名前』は「長屋方式、得意なことをやる」だったらしい。前節で書いたようにフォークロックの色が濃くなったことと、この長屋方式により、統一感が生まれており、こういった部分は確かにロットがアルバムで得意な点だと思う。

そしてこの「得意なこと」に絡めて、もう1つ触れておきたい点が、リズムの組み立て方

レポート内で西池さんが書いているように、リズムはROTH BART BARONの大きな特徴と言える。彼らはキック・スネア・ハイハットによるシンプルな8ビートはほとんど使わない。楽曲に応じてリズムの組み立て方を変化させ、特にフロアタム効果的に用いることで、スケールの大きなサウンドやトライバルな感触を生み出してきた。( ↓ "England" を初めて聴いたとき、コーラスで一切スネアを叩かないので笑ってしまった記憶がある。大好きな曲です。)


ROTH BART BARON - England -

前作は "JM" や"Homecoming" など、比較的素直なリズムの曲も収録されており、ロットには珍しい作品だったように思う。

いっぽう今作は、前節で書いたサウンドのバリエーションがありつつ、上述した特徴を持つ「ロット節」なリズムで貫かれている。それは例えば、7年前から演奏されている "Skiffle Song" でも、生ドラムではない "けもののなまえ" でも同様である。 "TAICO SONG" のリズムなんかは、2010年頃の彼らがやりそうな感じすらある。「得意なことをやる、長屋方式」という方向性の下、バンドが長年こだわってきたリズムが磨き上げられ、深化し、作品全体の統一感にも繋がり、本作の大きな魅力になっていると感じた。

(リズムの話で思い出しましたが、三船さんと中原さんが一緒に音楽をやりはじめた当初はJoy DivisionおよびNew Orderの "Ceremony" を演奏していたというエピソードが好きです。"JM" にリンクする話ですね。)


ROTH BART BARON - Skiffle Song - [ Official Lyric Video ]


ROTH BART BARON - "盆ダンス / Bon Dance (Dance for the Dead)"

 

私の妄想

ここからは私の妄想が強まり、より一層勝手な文章になります。ご容赦を。

 

The Nationalとの共振

『けものたちの名前』を聴いて真っ先に思い浮かんだのが、The Nationalが今年リリースした最新作『I Am Easy To Find』だった。もともとこの2バンドの音楽性やサウンド、生み出される音楽の美しさには近いものを感じていた。ただ今回はそれにとどまらず、この2作品は大きな特徴を共有している。

それは、女性ボーカルの起用。

The Nationalは「人間のアイデンティティの構造をより多く表現したかった」と語っており*3、多くの視点から歌うことに挑戦している。こうしたアプローチで、ある女性の人生を描いた短編映画のために制作されたのが『I Am Easy To Find』である。

ROTH BART BARONは「けもの」や「子供」という、性別や国籍を超えたプリミティブなイメージを想起させるテーマでアルバムを作っており、女性ボーカルを加えるというアイディアは当然の帰結といえる。Makuake内でも、男女どっちの声か分からなくなるような表現にしたい、という内容が書かれていた。

この2バンドがそれぞれの考えから近い表現に辿り着いたことに、共通する精神性を見た気がして、ファンとしては楽しくなってしまうのでした。こうした多様なアイデンティティの表現や、性別による先入観からの解放が音楽で試みられているのは、ジェンダーについて議論が活発な現在だからこそ、特に重要かもしれない。


"I Am Easy To Find" - A Film by Mike Mills / An Album by The National


ROTH BART BARON - けもののなまえ - (Official Music Video)

 

歌詞

思えばROTH BART BARONの歌詞には、目の前の現実や問題に抗い、立ち向かうような曲が多くある。

こんな場所で生きていたくないし

こんな場所で死にたくもない

さあ! 夜空に花火を打ち上げてしまおう!

"氷河期#2 (Monster)"

 『輝かしい未来が待っている』と先生は言った

だけどそれが嘘だと

みんな気づいていたんだ!

僕らが踊るのをほら 止めてごらんよ

君の思い通りには ならないから

"電気の花嫁 Demian"

中には、新作のテーマである「子供」や「名前」が歌詞に登場する曲も。

子供たちよ!ほら急ぐんだ!柔らかい気持ちが嘘になる前に

新しい街を作るんだよ 家を燃やせ 名前を捨てろ

"蠅の王 (Lord of the Flies)"

ロットのこうした歌詞が、私は大好きだ。エネルギーに満ちている。辛いとき、悲しいとき、世界を憎みたくなるとき、こんな楽曲たちに奮い立たせられて生活してきた。

ただ、上に挙げたような歌詞が持つある種の「鋭さ」は、"dying for" 以降やや後退したように感じる。豊かなバンドサウンドも相まって、もう少しポジティブなフィーリングが強い。しかし、それはエネルギーが落ちているという訳ではない。むしろ全く逆で、その現れ方が変化しているんだと思う。

私が今作で最も好きな歌詞は、最終曲のコーラス部分。

暗闇の中で 僕らは白い息を

できる限り 夜に混ぜてゆく

"iki"

息を少しずつ混ぜてゆく、というこの歌詞。先に挙げた過去作とは違い、派手な表現ではなくなったし、怒りに満ちた感じもヤケクソな感じもない。もっと地に足がついた感覚と言えるだろうか。ただただ自分にできることを少しずつ、しかし確実に行っている。夜の中に少しずつ息を混ぜ込み、現実の空気を変えていこうとしてるのだ。そして吐き出されているその白い息は、性別も国籍も超え、プリミティブな美しさを追い求めた歌である。この歌が、先の見えない暗闇を変えていくのかもしれない。

これが今のROTH BART BARONの姿勢なのだろうと勝手に想像し、アルバムラストに出てくるこの歌詞に感動していた。全体を通して聴き、最後に "iki" が来ると泣いてしまう。

 

その他

文章にはならない程度のメモ。

  • "Skiffle Song":2012年のライブ映像とかで観ていたので、『裏HEX』に収録されのは嬉しかったが、さらに『けものたちの名前』にも収録され、シングルカットまでされて…感謝感謝。


    ROTH BART BARON "Skiffle song" (Live at Shinsekai)

  • "屋上と花束":イントロでRadioheadかと思った。こうしたベースから始まる曲かなり新鮮だし、かっこいい。
  • "TAICO SONG":リフがめちゃくちゃVampire Weekend。そもそもロットの曲でリフが目立つものって全然ないので、新鮮。あとから岡田さんがギターフレーズを乗っけたからこそのアレンジという感じ。そういえば『ATOM』の頃にthe sign magazineのインタビューで、リフやコードなどについて話していた*4
  • "MΣ":『裏HEX』で特に好きだったので、収録されて嬉しい。冒頭のアコースティックギターの音がたまらなく好き。「弦が振動している!!!!」というのが生々しく伝わってくる感じ、初めてROTH BART BARONのアルバムを聴いて "氷河期#1 (The Ice Age)" 冒頭のギターに心を射抜かれた瞬間を思い出す。ギターソロ最高だし、音色がYYGでの西田さんっぽい。タイトル表記のBon Iver感にもニヤニヤしちゃう。
  • "春の嵐":インタビューで、影響を受けた本として『少年の日の思い出』を挙げているので*5、この曲もヘルマン・ヘッセが基なのかな。過去にウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』を基にしたと思われる曲もあるし、文学作品や映画からインスピレーションを得ている曲が多いのはロットの特徴でもある。『ATOM』なんかまさにそうだったし。
  • "ウォーデンクリフのささやき":活動レポートを見ると仮タイトルが "ACDC" なので、ほぼ確実にニコラ・テスラのウォーデンクリフ・タワーがモチーフかと。あと優河さんはやはり素晴らしいシンガー。
  • "iki":2018年のクリスマスプレゼント。大好きな曲なので、プラネタリウムで披露されたときも嬉しかったが、デモで終わらず正式リリースされるなんて感激である。感謝。


    i k i (Xmas Demo)

 

おわりに

以上がリリース直後段階での感想です。ディスクレビューというほどの記事は書けないけど、この作品について夜通し誰かと語り明かしたい気持ちを文章でぶつけられたので、とりあえず満足。

総じて、かなり好きなアルバムだったし、これまでのROTH BART BARONの作品群の中でもお気に入りの1枚になった。夜中に聴いていると、家を飛び出して夜道で踊りたくなってしまう(実際、一度やりました。そこそこの不審者)

最後に、今回のリリースにあたってのインタビュー記事を貼っておくので、まだ読んでいない人は是非。

Mikiki(インタビューby柴崎さん)  http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/23542
CINRA(対談 三船雅也×田中宗一郎

あと、ROTH BART BARONのYouTubeチャンネルで毎週日曜日にアップされている、三船さんと岡田さんによるBIZARRE TVというプログラムがめちゃくちゃ面白いのでオススメです。


"BIZARRE TV" - 三船と岡田 - 『番組スタート』#1

 

ライブ行きたいな。ROTH BART BARONのライブは本当に素晴らしいので、行ったことがない人は是非この機会に。本編中に貼った「BEAR NIGHT」のライブ映像は、私がとても気に入っているやつなので、とりあえずそれを観てみるのもありかと。ついでだから、HEXツアーの映像も貼っておきますね。こちらも最高。今のライブでの演奏はこっちの映像に近いと思います。


ROTH BART BARON "HEX" TOUR | FULL SET | Dec 9th 2018 (Japan)

 

では、こんなところでこの記事を終わります。ありがとうございました。

*1:https://www.makuake.com/project/rothbartbaron/communication/

*2:『HEX』クラウドファンディングのリターンで、10曲収録されたアルバム。ここから数曲が新たに作り直されて『けものたちの名前』にも収録されている

*3:http://turntokyo.com/features/interviews-the-national-2/

*4:https://thesignmagazine.com/sotd/rothbartbaron4/

*5:https://honcierge.jp/articles/interview/75